風の舞
〜闇を開く光の詩〜
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                  塔和子さん

 
 劇中で使用させていただきました詩をご紹介いたします。


    塔 和子 詩集 NO.5


「豊かに身ごもる」

 ながくつらい夜にいたから

 貧しい食卓を知っていたから

 苦悩のくさりにつながれていたから

 眠りのすばらしさ             

 豊かに食べることの喜び

 とき放たれたこころの

 輝くような楽しさを知った

 私が生きるためになめつくした

 かぞえきれない辛いもの

 憎悪と苦悶と悲しみと

 ぬりこめられた血と涙

 それら

 内と外からおしよせたものの数

 私は醜をそしゃくする故に

 誰よりも豊かに身ごもる鬼子母神




 

「羊」

 煮ているおかずの匂い

 やかんの尻をなめるいろりの炎

 むぎわら帽子の中の野苺のかがやき

 なげだされた野良着の暖かいしみ

 畑のでき具合を母に話している父の声

 まきをくべながらきいている母の姿

 近所の子供と遊んでいる

 弟妹のはずんだ声を

 少しずつすこしずつ包んでゆく暮色

 みかん色のはだか電球

 この家はいつまでもあり

 この暮らしは永遠につづいてゆくのだと信じていた

 少女の日のまるい心

 療園のくらしに

 どうしようもなくかわき

 ひびわれ とげだつとき

 それらは

 胸の奥で乳のようにうるんで

 なめらかに私を包む

 私はその優しいものを

 ひりひりとしみる傷口にこころゆくまでしみこませて

 やっと安らぐ

 血のふるさとにうえかわく

 一匹の羊



                         

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