風の舞
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闇を拓く光の詩


    


     企画意図 

国立療養所 大島青松園 正門

写真:国立療養所大島青松園・正門
 ハンセン病の患者を社会から隔離収容するための法律
 「らい予防法」が1996年に廃止されました。 
 病気が治ってもなお社会に出ていくことを許されず、実名
 を伏せ、肉親との絆さえ断ち切られて苛酷な人生を負わ
 された人々の苦しみ悲しみ、そして怒り……この映画は
 幼くしてハンセン病を 発病し、13歳で国立療養所大島
 青松園に隔離収容された塔 和子さんの極限の中から
 生まれた詩をモチーフに、多くの元患者さんたちの姿を
 重ね、ハンセン病強制隔離の『歴史と今』を検証すると
 ともに、人間の尊厳について問うものです。



     内 容

ここは瀬戸内海の小さな島。周囲約8キロの島にあるハンセン病の療養所で、今日、また一人の入所者が亡くなった。享年94歳の女性である。かつてハンセン病の療養所にはどこにも火葬場と納骨堂があり、遺体は入所者たちの手で荼毘に付された。そして今日なお、多くの遺骨は故郷の土地に帰ることを許されず、療養所の納骨堂に眠っている。

ハンセン病は『らい菌』による感染症の病気だが、感染力は弱く発病率は更に低い。だが、『らい菌』による末梢神経の麻痺のため顔や手足に後遺症が現れるため、昔から恐ろしい病気として忌み嫌われてきた。そして、ハンセン病に罹患した人は法律の下に、大人でも子どもでも、強制的に療養所に隔離収容されたのである。

 塔和子さん
 写真:塔和子さん
だが、ハンセン病の療養所は、療養所とはいうものの実態は終生隔離・撲滅を目的とした出口のない強制収容所にも等しかった。そこでは、患者作業という名の強制労働や、子孫を絶つための断種・堕胎・中絶がごく当然のこととして行われていた。

塔 和子さんがこの島に来たのは13歳の時。娘の発病を悲観した父親は親子心中も考えたという。どうにか思いとどまり一命はとりとめたものの、塔さんは社会から切り離された囲いの中での苛酷な生活を余儀なくされた。塔さんが詩をつくりはじめたのは30歳を過ぎた頃。すでに結婚していたが、8人部屋の女子寮に夜だけ夫が通ってくる『通い婚』と呼ばれる結婚生活が長く続いた。

人間としての尊厳も自由も奪われ、子孫を得ることさえ許されなかった厳しい現実から目をそらすことなく、塔さんは生きることへの慟哭を詩に託し、詩作を生命の糧に絶望の深い闇を切り拓いてきた。
彼女の詩は人間存在の根源に触れる魂の叫びとなって、『療養所』という狭い世界を越えて多くの読者に深い感銘を与え、その15冊目の詩集『記憶の川で』では、詩の世界で最も権威ある賞の一つである高見 順賞を受賞。社会的にも高い評価を得ている。

自己の存在を見つめ、懸命に生きてきた塔さんの療養所での日常から生まれた詩の世界を映像で綴り、その背後にあるハンセン病強制隔離の歴史を浮き彫りにする中で、人が人として生きることの意味、人間の尊厳について考える。  



     モニュメント「風の舞」



モニュメント「風の舞」
 写真:モニュメント「風の舞」
国立療養所大島青松園に建立された
モニュメント。この島で障害を終えた人々の
魂が風に乗って解き放たれることを願って
「風の舞」と名付けられた。入所者自治会、
職員、ボランティアをはじめ、数多くの人々の
協力のもと、各々の手によって石積みされ、
完成した。

設計: 庵治町在住の彫刻家・橋本清孝氏

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